「何者でもなかったボク」の漂流
半年前までのボクは、行く先を見失ったままただただ時間を潰していた。
高校を中退し、机の上の勉強には馴染めなかった。
実家のある呉市倉橋町の穏やかな海を眺めながら、「このままじゃいけん。でも、何をすればいいんじゃろう」と、焦りだけが空回りする毎日。
先の見えない暗闇のなかで、プラモデルのバイクを組み立てたり、部屋で大好きなヒップホップを聴いてはやり場のないエネルギーを燻ぶらせていた。
そんなボクの耳に飛び込んできたのが、「久栄建設の船長が、若い奴を探しとる」という知人からの話だった。
海の上の仕事? クレーン船? 想像もつかない世界だったけれど、直感があった。ここで動かなければ、ボクはずっと何者にもなれないままだ。
そうして飛び込んだ現場は、最初未知の言葉で溢れていた。
シャックル、ワイヤー、玉掛け・・・。道具の名前すら一つもわからない。
怖そうな顔をしたベテランの先輩たちに囲まれ、体中が強張った。だけど、それはボクの勝手な先入観に過ぎなかった。
「海翔、これはこうやって使うんじゃ」
先輩たちは、呆れることもなく、本当に優しく一つひとつボクの手を引くように教えてくれた。
失敗してヒヤリとする瞬間があっても、頭ごなしに怒鳴られることなんて一度もなかった。
ボクが前向きに覚えようとする限り、この海の上はどこまでも温かい場所だった。
気がつけば5ヶ月。ボクはすべての道具の形と名前を覚え、現場の呼吸に馴染み始めていた。
大分、2週間の航海と「親父」の教え
入社して間もなく、大分県への県外現場が決まった。
初めての船上生活。約2週間のあいだ、ボクたちは船という運命共同体で暮らすことになった。
不安がなかったと言えば嘘になる。だけど、いざ始まってみればそれはボクにとって「居心地のいい秘密基地」のようだった。
船内には完全な個室があって、仕事が終われば誰にも邪魔されない自由な時間が待っている。
岸壁に停泊しているから、仕事終わりに船から街へ出ることもできる。船に積んできた車を走らせて、休日は先輩の運転する車で大分の街へドライブに出かけた。
何より楽しかったのは、一日の終わりにみんなで囲む食事の時間だった。
くだらない話で笑い合い、今日起きた仕事のことを振り返る。血の繋がりなんてないのに、そこには確かに「家族」の体温があった。
直属の上司である船長は、ボクにとって、まさに「もう一人の親父」みたいな存在だ。
歳はボクの実の父親と同じくらい。だけど、実の親父よりもずっと話しやすい。
仕事の合間の雑談も、メシを食っているときの何気ない会話も、ボクにとっては大切な時間だ。
そんな親父のような船長から言われた、忘れられない言葉がある。
「仕事は、やる前に考えろ」
ただ言われた通りに動くんじゃない。
作業に入る前に、どう進めるか、何が起こるか、どう対応するか・・・。
頭の中で一度、プラモデルの設計図を組み立てるように想像してから動け、という意味だった。
その教えを意識し始めてから、ボクの目は、目の前の仕事の「その先」を捉えるようになった。
目つきが変わった。看板の重さを知った。
いま、ボクの主な仕事は、巨大な消波ブロックを海へ設置していく作業だ。
クレーンで吊り上げられ、空中に浮かぶ巨大なコンクリートの塊。
それをロープ一本で誘導しながら、波の動きを読み、向きを調整し、狂いのない正しい位置へと据え付けていく。
一歩間違えれば大事故に繋がる命懸けの現場。ボクの腕一つに、チームの安全が懸かっている。
ふとクレーン船を見上げると、巨大なアームを意のままに操る先輩の姿が見える。
かっこいい。痺れるほど、かっこいいと思う。
「将来は、ボクもあのクレーンを動かしたい」
まだ上司には恥ずかしくて言えていないけれど、ボクの胸の中には、消えない明確な目標が灯っている。
そのために、いまは先輩たちのレバーの捌き方を一瞬も見逃さないよう盗み見ている。
この5か月で、ボクの周りは劇的に変わった。18歳のボクがもらう給料は、同世代と比較にならないくらい多い。
船の上の生活はほとんどお金がかからないから、驚くほど貯金ができていく。地元の友達に話せば、みんな目を丸くする。
だけど、一番変わったのはボク自身の「心」だ。
久しぶりに地元の倉橋に帰り、家族や友達に会うと口を揃えて言われる。
「海翔、目つきが変わったね」「性格が丸うなって、大人になった」と。
自分でもわかる。かつて退屈な日々を漂流していたボクはもうここにはいない。
「ボクは今、久栄建設の看板を背負って現場に立っとる。恥ずかしいことは、絶対にできん」
18歳のボクの背中にはいま、会社の誇りと、ボクを信じてくれた先輩や上司たちの信頼が乗っている。
海を渡る風を浴びながら、ボクは今日もクレーンを見上げて次のステップへ動く。未来のクレーンオペレーターになるために。