液晶画面の向こう側と、閉ざされた回路からの脱出
高校を卒業して、ボクが最初に選んだのは、タービンやポンプの電子制御に関わる会社だった。
毎日、寸分の狂いも許されない電子回路の図面を描き、パソコンの液晶画面の向こう側にある無機質なデータと向き合う日々。
職場の人間関係に不満があったわけじゃない。会社に対して何か嫌なことがあったわけでもない。
周りを見渡せば、それなりに安定した絵に描いたような穏やかなサラリーマン生活がそこにはあった。
ただ、どこかでずっと乾いた違和感のようなものを感じていた。
「この仕事は、ボクが本当に人生を懸けてやりたいことなんだろうか」と。
完璧に制御されたシステムの中で、誰がやっても同じように処理されていく定型化された毎日。
その閉ざされた世界の中で、ただ時間を消化していく自分に静かな焦りだけが募っていた。
もっと自分の五感をフルに使って、手応えのある「生きた仕事」がしたい。
心の奥底で燻ぶっていた衝動が、ボクを新しい世界へと突き動かした。
そんな迷いの最中に出会ったのが、海洋土木という未知の世界だった。
最初は正直、何をしている会社なのかすらよく分かっていなかった。
「巨大なクレーン船を持っている会社」。ボクの認識なんてその程度だった。
けれど、息が詰まるようなオフィスを抜け出し初めて久栄建設の海の現場へ足を踏み入れたとき、目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けたんだ。
視界を埋め尽くす巨大なクレーン船。潮風を浴びながら波間に躍動する重機たち。
自然の呼吸を読みながら、男たちが命を吹き込んでいくダイナミズム。
「日本は海に囲まれた国だ。港もなくならないし、護岸もなくならない」
古くなれば補修が必要になり、時代が変われば新しいインフラが求められる。
この仕事は、この先もずっと何十年、何百年経っても必要とされ続ける。
その圧倒的な存在感と絶対的な必要性を肌で感じた瞬間、ボクの心は決まった。
机の上の図面だけでは、決して見ることのできないあのはるかな海へ飛び込もう、と。
瀬戸内海という「誤算」と、海が教えてくれた洗礼
二十歳で入社して最初の一年間、ボクは現場監督の基礎を叩き込むために、実際にクレーン船の乗組員として船へ上がった。
「瀬戸内海だし、波も穏やかだからそんなに揺れないだろう」
それは、陸の上しか知らなかった素人が抱く大きな大きな勘違いだった。自然はそんなに甘くない。
波が立てば容赦なく船体は揺れる。ひとたび突風が吹き抜ければ、巨大な鉄塊がきしむような音を立てて波間に躍る。
船の上でほんの数分図面や書類を見つめているだけで、激しい船酔いに襲われて世界がぐにゃりと歪むこともあった。
陸の上の仕事では、逆立ちしたって経験できないような過酷な洗礼。体力的にも精神的にも、最初は決して楽な環境ではなかった。
だけど、不思議と「嫌だ」とは一度も思わなかった。
むしろ、ボクの胸の奥は今までにない高揚感で満たされていた。
マニュアル通り、計算通りに動く電子回路とは違い、海は一秒先すら予測のつかない「生き物」だ。
その気まぐれな自然を相手に、いかにして人間の技術をアジャストさせていくか。
それは、前職のオフィスでは決して味わえなかった、泥臭くも最高にスリリングで最高に面白い挑戦だった。
五感が研ぎ澄まされていく感覚が、確かにそこにはあった。
「全員が無事に帰る」という、目に見えない設計図
入社して8年が経ち、今のボクは現場監督として工事全体のタクトを振っている。
工事が始まる遥か前から、監督としての戦いは始まっている。
どの起重機船をどう配置するか、自然の条件を計算しながら緻密なシミュレーションを重ね、役所に提出する膨大な書類を精査する。
元請会社や協力会社と何度も膝を突き合わせて打ち合わせを行い、ひとたび現場が始まれば進捗をミリ単位で確認し、測量を重ね、工事の瞬間を一瞬の狂いもなく写真に刻んでいく。
そして、この仕事の現場監督として、ボクが何よりも命を懸けているのが「安全」という目に見えない設計図だ。
海の上では、陸上ならあり得ないことが起きる。
クレーンで吊り上げられた数十トンのコンクリートブロックが、波や風によって予測不能に大きく振れる。
船が揺れ、一瞬の油断が人が挟まれる大事故や、暗い海への転落といった致命的な危機に直結する。
だから、現場監督の仕事は、ただ予定通りに工程を管理することだけじゃない。
「今日、この現場に上がった全員を、何事もなく無事に家に帰すこと」
それこそが、現場を預かるボクの絶対に譲れない最大の使命だと思っている。
久栄建設がこの瀬戸内、そして全国の海で長年積み上げてきた揺るぎない信頼。
その目に見えない看板を汚すことなく、次の世代へと守り抜くこともまたボクたち若い世代の大切な責任なのだ。
液晶画面には映らない、何十年も残る誇り
ボクは今、二級土木施工管理技士の資格を手にし、さらにその先にある一級の壁に挑戦している。
まだまだ勉強の毎日だ。今でも現場で分からないことに直面して立ち止まることもあるし、どう進めるべきか迷う夜だってある。
海の厳しさを知れば知るほど、自分の未熟さを痛感することだって少なくない。
それでも、8年前の自分へ向けて確実に胸を張って言えることがある。
「机の上だけでは、絶対に得られなかった面白さが、この仕事にはある」と。
海の上だからこそ、見渡せる広大な景色がある。船の上の仲間たちと呼吸を合わせ、激しい自然をねじ伏せた者だけが味わえる熱い一体感がある。
ボクが図面を読み解き現場を動かし、汗を流して関わった仕事が、防波堤や護岸という姿になってこの先何十年も、人が生きていくための景色としてこの地球に形として残り続ける。
液晶画面の中のデータは電源を切れば消えてしまう。
けれど、ボクたちが創り上げる港は100年先まで消えることはない。
そのあまりにも巨大な責任と、言葉にならない誇りを胸に抱きながら、ボクは今日も青い海が待つ現場へと向かう。