33年、海と同化して生きる
高校を卒業して、18歳で久栄建設の門を叩いた。私の父親も同じようにこの会社で働いていたから、親子二代、ごく自然な流れだった。
生まれ育った江田島の海は、私にとって生活のすべてであり生きる舞台そのものだった。
あれから33年が経つ。
最初は右も左もわからない作業員からスタートし、クレーン免許を取り、オペレーターとして巨大な重機を操った。
一時期は現場を離れ、元請会社や取引先との調整に奔走する営業のような仕事に就いたこともある。
そうして現場と組織の双方を這い回るようにして経験し、38歳のとき私は「船長」になった。
船長という仕事は、単に船を動かせばいいというものではない。
元請会社との緊密な打ち合わせ、作業前の綿密な準備、現場の段取り、煩雑な書類関係、そして船員への指示と、何より全員の命を守る安全管理。
現場監督に近い役割を担いながら、巨大な船とそこに生きる人間たちを動かしていく。それが私の生業だ。
時に、私たちの旅は遥か遠くへと及ぶ。大分までは17時間から18時間、じっと海を往く。
最も遠い現場では、青森県の六ヶ所方面まで赴いた。
鹿児島や東北など、長期間にわたって家を離れ船の上で寝食を共にする。18歳からそれを繰り返してきた私にとっては、もはや特別なことではなく「普通」の感覚だ。
私の家族もまた、それをこの仕事の一部として静かに理解し、受け入れてくれている。
地図に、記憶に、男の足跡を残す
若い頃には、当然のように壁にぶつかった。
理不尽な上司との関係に悩み、「もう辞めてやる」と拳を握りしめた夜は一度や二度ではない。
それでも33年間、私がこの海を諦めなかった理由はシンプルだ。
この仕事が心の底から好きだったから。
現場を覚え、海の機微を知るにつれて、仕事の面白さは私の身体に染み込んでいった。
同じように見える土木工事でも、海の上では二度と同じ条件の現場など存在しない。
日ごとに変わる潮の流れ、気まぐれな天候、刻一刻と変化する海の状況、作業場所の広さ・・・。
どこに船を位置取り、どうやって巨大な消波ブロックをミリ単位で据え付けるか。
自然の猛威を読み解きながら、頭の中で完璧なパズルを組み立てる。それがピシャリと思った通りに進んだ瞬間、五臓六腑に染み渡るようなやりがいが突き抜ける。
「道路を走っていても、ここは自分たちがやった場所だと思えるんよ」
海岸、港、護岸。私たちが創り上げたものは、形としてこの地球に残る。
地図に残り、人々の暮らしを何十年も守り続ける。その景色を陸から眺めるとき、男としての誇りが胸の奥で静かに燃えるのだ。
背中を見る若者へ、自然体のエール
社長とは同い年だ。彼は私にあれこれと細かい口出しはしない。
「お前に任せる」という揺るぎないスタンスで、いつも現場のすべてを私に預けてくれる。
その信頼の重さを知っているからこそ、私は社長の言葉をいつも胸に刻んでいる。
「元請さんに迷惑をかけるな」
それは、何があっても事故を起こすな、絶対に安全に帰ってこい、という意味だ。
船の上という限られた空間で、危険区域の線引きに神経を尖らせる日々。
だからこそ、船内の空気は常に風通しよく、誰もが安心して働ける場所でなければならない。
最近、船に新しく入ってきた18歳の海翔の顔が浮かぶ。
私は彼を特別扱いしているつもりは毛頭ない。自然体で接しているだけだ。
だが、一つだけ心に決めていることがある。
「自分が若い頃にされて嫌だった思いは、今の若い子には絶対にさせん」
頭ごなしに怒鳴り散らしたところで、人間は育たない。
干渉しすぎることはしないが、仕事の瞬間は、言葉にせずともその一挙手一投足にきちんと目を配る。
危ないとき、必要なときには、そっと声をかける。その絶妙な距離感が彼らの安心になればいいと思っている。
海翔から「一番楽しい時間は、みんなで飯を食う時間です」という言葉を聞いたとき、不覚にも嬉しかった。
ああ、私の創ってきた船の空気は間違っていなかったのだと。
彼は素直で、真面目で、本当に伸びる要素を持っている。
そんな彼が、私の前ではまだ恥ずかしがって口にしないが、「将来はクレーンオペレーターになりたい」と言っているらしい。
嬉しかった。クレーンオペレーターは、この仕事の花形だ。
若い奴がそこを目指して、俺たちの背中を追いかけてくるのは、船長としてこれ以上の喜びはない。
豊かにはたらき、江田島で暮らす
船長クラスになれば、同年代のサラリーマンと比較しても収入の面で負けることはない。
好きな仕事を一途に続けてきた結果として、豊かな生活がついてきた。
若い世代にとっても、スタートから十分な給与があり、船の上では食費もかからない。本気になれば、いくらでも貯金ができる環境がここにはある。
仕事が終われば、生まれ育った江田島へ帰る。
昔に比べれば、島の中にスーパーが増えて生活は格段に便利になった。
それだけじゃない。最近ではお洒落なカフェができたり、若い移住者が新しく店を始めたりと、島全体が少しずつ魅力的に変わり始めている。
「ちゃんと働いて、ちゃんと暮らす」
この会社の採用コンセプトは、まさに私の生き方そのものだ。
海の上でプロフェッショナルとして命を燃やし、終わればこの豊かな島で大切な家族と穏やかな時間を過ごす。
私はこれからも、この大きなクレーン船の舵を握り続ける。
新しく入ってくる若い芽を、この自然体の海で、じっくりと、大きく育て上げながら。